宝塚映画祭とは

かつて宝塚には東宝の劇場で上映する映画を製作していた宝塚映画制作所(現・宝塚映像)がありました。
現在は関西学院小学校、高層マンションなどが建っている所にモダンなスタジオ2棟とオープンセットがあり、劇場映画176本、テレビ映画3200本を製作していました。
宝塚南口の宝塚ホテルや旅館、飲食店には、黒澤明、木下恵介、小津安二郎、稲垣浩など巨匠と呼ばれる監督たちや森繁久弥、三船敏郎、加山雄三、司葉子、原節子、美空ひばりなどの銀幕のスターの姿があちらこちらで見られ、460人ほどのスタッフが映画制作に携わっているなど、宝塚はまさに「映画の街」でした。

その後TVや他の娯楽の進出による映画産業の衰退の波は宝塚にも押し寄せ、最盛期には7館あった映画館がすべてなくなりました。
そんな状況を憂えた映画好きの宝塚の主婦たちが起ちあがり、「宝塚に映画館を取り戻そう」と1990年に宝塚シネクラブを発足。
上映会活動を通じて映画好きの宝塚市民に呼びかけました。
そして1999年、阪神淡路大地震で壊滅した売布神社駅前の商店街の復興計画の中で、公共施設ピピアめふの中に、非常時には避難施設になることを目的とした全国的にも珍しい公設民営の映画館「シネ・ピピア」がオープン。
宝塚シネクラブの活動がついに実を結びました。
シネ・ピピアの劇場運営は有限会社宝塚シネマに託され、宝塚シネクラブは「すみれ座」に改編、シネ・ピピアなどの会場を拠点に現在も上映活動を行っています。

そして、シネ・ピピアのオープンを機に、すみれ座を中心とした映画好きの市民が集まり、かつて宝塚映画制作所でつくられた宝塚映画作品を上映したり、上映機会の少ない作品や関西ゆかりの映画を掘り起こし上映することなどを目的とした「宝塚映画祭」を2000年にスタート。
本映画祭は市民ボランティアによって運営されており、市民とともに映画を楽しむことにより、地域の活性化と映像文化の向上に寄与することも目指しています。

ガイドブック アーカイブ